大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)2748号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件は福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人鍛治利一の上告趣意は、末尾添付の別紙書面記載のとおりである。

同弁護人の上告趣意第一点について。

所論は、土地に対する仮処分命令の執行のため執行吏によりなされた、土地の立入工作禁止等の標示があるにかかわらず、被告人がその土地の一部に建てられてある家屋に立入居住した所為が、その標示を無効ならしめたものとして、これを刑法九六条に問擬した原判決には、同条の適用を誤った違法がある、と主張するに帰する。

よって審理するに、原判決の認定するところによれば、被告人は、鹿児島地方裁判所川内支部が昭和二七年六月一〇日債権者触泰蔵外一名、債務者被告人外一名間の仮処分命令申請事件につき「川内市向田町二五二番地の宅地八〇坪七勺の内二七坪七合六勺の土地に対する債務者等の占有を解き、債権者の委任する同裁判所の執行吏にその保管を命ずる。債務者等は前記の土地の範囲に立入り工作してはならない。債務者等はその占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。執行吏は右の趣旨を公示するため適当の方法をとらなければならない」旨の仮処分命令を発し、これに基いて同日同裁判所の執行吏黒木重英が右土地に臨み、前記土地二七坪七合五勺に対する債務者の占有を解き自らこれを占有し、同土地内建物表入口の鴨居に前記仮処分命令趣旨記載の公示札を打ち付け、かつ同入口一杯地上約二尺の高さに縄張を施して、右仮処分命令の執行をなしたにもかかわらず、これを無視して同年八月二八日右土地に立入り右家屋に居住して、前記差押の標示を無効ならしめたものである、というのであり、なお原判決は、右土地内には当時債務者等が居住していない木造小板葺二階建店舗一棟建坪一七坪外二階五坪が存していたので、この敷地部分に対する執行吏の占有解除の効力は発生しないと判示している。所論は右原判決の判示に対し「元来本件仮処分決定は土地の保管を命じているに止まり、建物の保管を命じたものでないから、家屋は全く仮処分の目的外に属し、右仮処分命令とは関係がないのである。本件仮処分命令は土地のみを目的としたものであるが、その土地には建坪一七坪二階五坪の家屋及便所一棟が存在するから、本件土地は右建物の敷地であり、建物は仮処分の対象ではないから、建物を使用することは何等妨げられる理がない。故に右土地は右建物によって使用が事実上制限されているものであり、本件において執行吏が土地を保管したとしても、右のごとく建物によって土地の使用が制限されている状態におけるものであると云わねばならない」、と主張する。

そこで、右仮処分命令の執行の効力について考えてみるに、右仮処分命令は、本件土地を目的物として示しているに止まり、その土地の過半の部分に建物が存するのに、その建物についてはなんら触れていないのにかかわらず、執行吏は仮処分命令指示の土地につき、原判示のとおり執行をなし、その旨公示札に記載してこれを標示し、その上なお建物の出入口に当る部分に縄張を施して土地のみならず、建物への出入をも禁止する方法をとったのであるから、建物の部分の執行は命令の範囲を越えた違法のものであって、この部分に対しては訴訟法に認められている手続きによって、その執行の是正を求め得ることはいうまでもない。しかし、右是正がいまだ得られない間であっても、その建物を使用する権利を有する者は、正当な事由があれば通常の使用方法に関する限り、その建物へ出入し又はこれに附属する便所に往復するため土地を通行することはできるものと解するのを相当とする。しかるに原判決は、被告人が建物を使用する権利を有し、これを正当に使用する場合であるか否かを明らかにしないで「建物内において生活居住するについては、右店舗用建物(住居を含む)と離れて同宅地内に存する便所を使用する等右禁止区域に立入らざるを得ない関係にある」と判示し、場合の如何を問わず、右便所に往復することをも禁止を犯す立入行為の一種と認めると共に、被告人がいかなる立入ないし工作行為をしたかを具体的に判示しないで「右土地に立入り右家屋に居住して前記差押の標示を無効ならしめた」と判示したことは、理由不備の違法があるものといわなければならない。

以上指摘した原判決の違法は、刑訴四一四条一号に当るものというべきであるから、同弁護人の他の上告趣意について判断するまでもなく、原判決を破棄し、同四一三条により、本件を原裁判所たる福岡高等裁判所に差し戻すべきものとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例